目次
平和社会への構想力を作る方法として、まず子ども自身に平和のイメージをふくらまさせる。例えば、子どもに「平和とはどのようなものと思いますか」とたずね、それを黒板にすべて書き出す(ブレインストーミングの方法を使用)。そこに出されたイメージを分類したり、平和の多様なイメージを知り、あるべき平和的な人間関係や社会関係を考える。
さらに、未来の社会について、「望ましい未来」と「予想される未来」の両方を子どもにイメージさせ、個別に紙に書き出す。そして、子ども達一人ひとりが、具体的にどうすれば「予想される未来」を「望ましい未来」に変えることができるかの方法を考えてみる。つまり、平和の未来像を描き、それに向けて現在ある平和問題を解決する方法を考える。
平和な社会を形成することに、子どもが参加しようとする気持ちを育てることが必要といえよう。核軍縮、南北間格差、環境破壊など大きな問題に対面する時、子どもは自分は何もできないという無力感に陥り、意欲はなくなり(凍え)心理的にかじかむ(numbing)。平和への課題が子どもにとってあまりにも大きいので、えてして課題からの逃避や無視、解決への無力感に陥りやすい。子ども達にそうした大きな課題に取り組ませるにはエンパワーメント(能力感を広げること)が必要である。
ヒロシマ・ナガサキの平和教育では、核戦争の被害イメージを子どもに想像させることが大切である。しかし、核についての平和教育で、子どもに不安感や恐怖心だけを与えているのでは不十分である。不安感は、一部の子どもには、問題からの逃避や無視、解決への無力感を導くのみである。地球のどこかで起こるかもしれない核戦争、また日本に飛んでくるかもしれない核ミサイルに対して、子どもが持っている不安感と無力感の問題に教師はもっと対応する必要があろう。どうしたら不安感や無力感から逃れることができるのかを、子どもとともに考えたい。子どもと何ができるかを考え話しあうことで、子どもの不安や願いから発想する平和教育としたい。
世界各地の子ども達は、下記のような恐怖を持っている
*1。
インドのカルカッタの子どもは、食べ物もなく学校へも行けず一家で物乞いをしなければならない恐怖。
バングラディッシュの農村の子ども達は、サイクロンで人も家も押し流されてしまった恐怖。
カンボジアやアフガニスタン難民の少女は、両親も殺されてひとりぽっちの孤児になった恐怖。
ベトナムの子ども達は戦争について聞かされた恐怖。
日本のヒロシマの子どもとデンマークの子どもは、核戦争への恐怖。
キルバス、モルジブの子どもは地球温暖化で海面が上昇し、住む場所がなくなってしまう恐怖。
子どもが、他の国の同じ年齢の子どもの恐怖を知ることは、身近な問題と感じ、子ども同士の連帯感を持つかもしれない。子ども達にとって解決困難な大きな問題に向き合うためには、子どもに対して「支援」することが必要とされている。支援のための平和教育の方法としては次のものがある。
@参加型の学習方法により、参加の体験を持たせ、子どもに参加の喜びや楽しさを味わせ、集団成員間に連帯感を育てる。
A平和に貢献した人々(例えばノーベル平和賞受賞者など)の活動を伝える
*2。
B平和の問題に現在取り組み活動している人々やグループについて教える
*3。
平和教育を進めるには、前提として教師間で自由に討論できること、自由に教材を選択できることが必要である。
次に、平和問題を教えるには専門的技術がいる。教師は教職の専門家として、教材の内容のバランスを考え、自分の考えの教え込みを避けて中立的立場をとるなどの技術がいる。平和問題のとらえ方にはいろいろな視点があることを子どもに示し、子ども自身が考え自分の意見をまとめさせるように支援する。教師は自分の意見の押しつけでなく、子どもに考えるヒントを与え、子ども同士が議論することにより、自分の意見をまとめる力を身につけさせる。
平和教育では、授業方法そのものが「平和的(peaceful)」でなくてはならないとの立場に立つ。子どもを権威主義的に上から画一的に教えるような一斉指導の方法では、一人ひとりを尊重しているとはいえない。大人数ではなくより少人数の子どもに対して、一人ひとりの興味や関心を大切にした教育方法で教える方が、個性を大事にできるという点でより平和的な教育方法といえよう。
子どもの自発的・主体的な授業参加をうながすために、教育方法の中に多様な参加型手法を取り入れたい
*4。
@部屋の四隅:
部屋の四隅に「Yes」「どちらかといえばYes」「No」「どちらかといえばNo」と書いた紙を貼っておき、ある質問に対して参加者が自分の考えの所に移動する、という活動です。
最初の質問に全員が移動した後、各コーナーの人に、なぜそう思うか、意見を聞きます。そして次の質問に移り、また全員が自分の考えのコーナーに移動します。何回か繰り返します。この活動により、みんなの考え方の共通性や違いとその理由に気づくことができます。
[→参加型実践例 47頁:部屋の四隅の質問例]
Aブレインストーミング:
参加者全員でたくさんの意見やアイデアを出し合い、そこから「何か」を見つけていくための手法です。全員が参加する、一人ひとりの意見やアイデアを尊重する、出された意見やアイデアを次につなげる、という点で参加型手法の基本的な活動といえます。
[→参加型実践例 47頁:「個性を認める言葉」「相手をけなす言葉」]
Bランキング:
ある課題について用意されたいくつかの選択肢を、良いと思うものから順に並べます。その過程で、参加者どうし意見を交換したり、また、個人でやってみた後で、他の参加者と比べながら議論するというものです。
[→参加型実践例 48頁:「平和な社会を作る方法」]
Cフォトランゲージ:
1枚の写真も使い方次第で立派な教材となります。グループで、写真を題材として話し合い、写真を読み解く中から、いろいろな気づきや発見を促します。
写真にキャプション(簡単な解説)を付けてみたり、写真の中のそれぞれの人に吹き出し(せりふ)を考えてみます。そうした活動により、写真に写っている人の立場に立ち、その人がどんなことを考えているのか、何を訴えようとしているのかなど、想像してみることで、他者に対する共感的な理解の力を高めます。
Dロールプレイ:
ロールプレイでは、ある特定の立場になったつもりで、ある問題について考え、それを表現します。立場が異なるものの間で討論を行いますが、参加者がそれぞれの立場や考えを受けとめた上で、相手意見の尊重や合意形成を目指します。ある一つの問題についても、立場が異なれば多様な意見があることの理解を深めます。
話し合いを通して課題が明らかになってくれば、さらに資料集めや調査を行うことにより、その問題の理解をいっそう深めることにつなげます。
「→参加型実践例 50頁:「アフガニスタンへのアメリカの軍事攻撃についての論争」]
参加型手法では、教師は子ども達の活動をうながすためのファシリテーターとしての役割を演じる
*6。
ファシリテーターとは、問題の原因は何かを自分達の生き方・あり方との関連でとらえ直し、それをどう変えていけるか、変えていくか・・・。そうした社会を変えていく実践のためのパワーとエネルギーを作り出し、相互に強めあうことを少しでも可能にし促進する役割を担う人。共に歩もうという姿勢を持つ人といえよう。
参加型の教育方法は、従来行われていた平和教育にも多く使われている。平和をテーマとする歌や劇を発表する平和文化祭や学習発表会、平和をテーマとした絵や工作の集団制作、平和博物館や戦跡を訪問する修学旅行や研修遠足、広島・長崎・沖縄などへの修学旅行での平和学習の成果を報告する平和集会、戦争体験者との交流会、なども子どもの主体的参加をうながす学習活動である。こうした学習活動は今後も平和教育で活用していきたい。
暗記中心の受験準備教育のため、日本の子どもは想像性が低いといわれる。自分の周りのことだけに関心を持つ子どもに、平和問題に取り組む想像力を育てるには、どうすれば良いであろうか。それには、子どもの身近な所で、つまり日常の地域の中に生じる平和の問題への関心を高めることがある。
子ども達が生活する場所に生じる平和問題をホームルームなどで取り上げて、考え調べる平和教育を行う。自分が関わり合う現実世界の場で生じるクラス内のいじめなどを取り上げることが可能である。暴力の被害者への共感を育て、被害にあった友達を助ける。いじめは不正であることを共通認識になるよう、いじめを許さない友達同士の連帯感を育てる。
テレビや新聞で報道される平和に関する時事問題を題材として、授業やホームルームなどで取り上げる。
地域紛争、内戦、テロ、貧困など平和に関する記事を複数の新聞を比較して学習する。
@平和の時事問題について何が報道され、何が報道されていないかを新聞を読み比べる。
A平和の時事問題について、新聞記事の内容や社説から、それぞれの新聞社や記者がどのような立場で書いているか調べる。
Bそれぞれの新聞にどんな投書が取り上げられているかを調べる。またその投書について、子ども達が反対と賛成に分かれて討論する。
平和に関する時事問題について新聞記事を分析することで、メディア各社によって報道の姿勢や内容に違いがあることを知る。こうした活動により、新聞やテレビを批判的に見る態度や技術を子どもに育てることができる。
平和教育において戦争の学習は重要な要素である。子ども達の多くは、第二次大戦の戦争体験を自分達にはあまり関係のない昔話や思い出話しとしてしか聞いていない。日本における戦争体験の継承方法では、手記や文芸作品などの活字による継承に加えて、写真や映画などの映像による継承方法が活用された。現在では、写真や映画による継承に加えて、ビデオやインターネットによる継承へという技術的発展がある。子どもに昔の戦争を自分の問題として引き寄せて考えさせるためには、戦争体験の「語りべ」や祖父母から子どもが直接話を聞く機会をもうけたり、戦争についてのすぐれた絵本や手記を読み聞かせたり、アニメのビデオなどの映像を利用して、子どもの心にひびく戦争体験の継承をしていきたい。
戦争体験継承の方法として効果的なのは、平和博物館への訪問である。広島・長崎・沖縄などの平和資料館は現在でも多くの修学旅行生の訪問がある。1980年代末以降、日本各地に多く
の平和に関連する博物館が開設された。平和博物館により展示テーマが異なるが、被爆、空襲、地上戦、特攻、毒ガス、戦災、ホロコースト、核実験、抑留・引き揚げ、日本軍の加害、地域紛争・局地戦争、平和運動・活動、などが展示されている。戦争について具体的な展示物や写真やビデオ映像が子どもに与える影響は大きく、それを見ることにより、平和問題が子どもにより身近な存在となるであろう。
科学・技術の発展を受けて軍事技術も急速な進歩を見せている。兵器のハイテク化が進み、通信技術の革新があり、戦術も大幅に変わり、戦争の仕方の変革が起こっている
*7。過去の戦争の学習が、現在多発している地域紛争や内戦の理解を助け、進行中の戦争を終了させ、戦争が起きる可能性を予防する学習に役立たなければならないといえよう。
21世紀の社会では、国家、民族、人種、宗教、多文化間の「共生」がめざされる。共生のためには、自分の集団中心主義から抜け出し、異なる集団成員への共感性を高めることから出発する。日本人は欧米先進諸国志向から現在アジア諸国にも目を向けるようになっている。アジアの人々とのさらなる共生をめざして、日本の過去の軍事的侵略をも含めてアジアの歴史を学び、アジア諸国との現在の密接な経済関係や民間の友好的交流を理解していく。
人権とは、人として平凡に生きたいという願いが権利として表明されたものである。「戦争は一番の人権侵害である」とよくいわれているように、一旦戦争が起これば、戦死、戦傷、餓死、難民などをもたらし、人として文化的に生きる最低限の権利さえも奪われてしまう。日常生活の中で、人権侵害に反対し人権を守る社会を築く努力と実績を積み上げていく地道な活動が、人権侵害に結びつく戦争の抑止につながる。人権を大切にすることが平和につながることを理解する。
日常の生活を営んでいる都市を、外国の核兵器が標的として照準をを合わせていることを想像することが、核兵器廃絶運動を進めるために、「核時代の想像力」として必要とされた。
貧困、開発、環境などの地球的課題を解決しなくてはならない21世紀の現在は、月から写した丸い地球の写真を見て、その地球に住んでいる「地球市民」としての自分を感じる想像力が必要とされている。
地球市民とは、現在の経済、政治、軍事システムが世界各国の密接な相互関係で構築されており、貧困、開発、環境、軍縮などの問題は世界の人々が相互に協力しなければ解決できないことを認識し、そうした地球的課題を解決することへの責任感を持つことである。特に、日本人は豊かな先進国に生まれた国民の一人として、開発途上国の発展に貢献する責任があるという認識が必要である。
日本国憲法の平和主義に立った国際協調をめざし、日本の子どもの心に「平和のとりで(defence)」を築くには、未来志向的な平和的態度を育てることが必要である。
国際貢献の仕方には多くの平和的手段が可能である。子ども一人ひとりが平和の未来像を描き、その平和社会形成に向けてどのように参加できるかを考える。子どもの創意工夫のエネルギー(創造性)を支援し、平和社会形成に向けた未来志向的な態度を育てる。
「反○○」と唱えるだけでなく、現状に代わるより良い具体的提案をする「代案型」の活動を探す。子ども達は、自分のできることを探し、自分の役割を果たすことを希望している。そんな子どもに、実際に行われている平和活動について情報を与え、社会状況を変える過程についても学習させたい。
地球市民として平和活動に参加する方法を、学校教育や社会教育の場に作ることが求められている
*8。それは平和的社会を形成する方法の学習であり、未来社会の成員になる準備教育に通じるものである。
たとえ小さなことでも、一人ひとりが行動を始めることが変化を生み出すための第一歩である。ただし、子どもに大人の考えを押しつけることは避ける必要がある。子ども達と共に考え、下記のようなアクションを行うことが可能であろう
*9。
子どもが一人でできること:
本やインターネットで情報を得る。
写真展に行く、映画を見る。
募金や署名をする。
メッセージ入りの絵はがきを送る。
ホームページを作成する。
メッセージ性のある曲をかける。
意志を視覚的に表す。
新聞や雑誌に投稿する。
意見書をマスメディアや議員などに送る。
「→参加型実践例 55頁:「模擬葉書の宛先」]
みんなと一緒にできること:
ホームルームで話題にする。
授業の中で扱う(社会科で学習する。国語の授業で詩や作文で自分の思いを表現する。美術の授業で自分の思いを絵やポスターに表現する)。
セミナーやワークショップを行う。
学習会、写真展・映画の上映会。
平和演奏会。
学校内で講師(被爆者、有識者、議員など)を囲む会。
フリーマーケット(募金の資金集め)を行う。
教師の多くは、子ども達が平和について深く認識し、戦争に反対し、平和な社会の形成のために積極的に関わってくれることを願っている。教師自身が戦争の実態を知ろうとし、平和の未来像を深く考え、平和の形成方法について考える生涯学習を進めていくことが、子どもの主体的平和学習を支援することに役立つものと思われる。
平和教育のページ
*1 次を参照した。松井やより『市民と援助』岩波新書、1990年、114頁。
*2 堤佳辰『ノーベル平和賞−90年の軌跡と受賞者群像』河合出版、1990年。
*3 川崎市平和館(1992年開館)にある「平和へのとりくみ」のコーナーでは、身近な平和活動や、多くの一般市民が参加するNGO活動などが紹介されている。
*4 次の文献に、参加型手法の解説が詳しくされている。開発教育協議会『わくわく開発教育:参加型学習へのヒント』1999年
*5 ロールプレイの実践結果と実施方法や資料説明のホームページがある。
このプログラムは1995年,終戦50年を記念して神戸YMCAで行われたグローバルセミナーのために作られたものを参考としました.
*6 開発教育協議会『「開発教育」ってなあに−開発教育Q&A』1998年、19頁参照。
*7 アルビン・トフラー、ハイジ・トフラー著、徳山二郎訳『アルビン・トフラーの戦争と平和−21世紀、日本への警鐘』フジテレビ出版、1993年、371−372頁。この本は、戦争の大変革について具体的に論じている。
*8 社会教育における平和学習を扱ったものとして、藤田秀雄編『平和学習入門』国土社、1988年。
*9 次の文献を参考にした。(「一人でできること、みんなと一緒にできること」、開発教育協議会『
Talk for Peace:もっと話そう! 平和を築くために私たちができること』2001年)。