第15回の平和教育授業研究会(ペグ)の様子


テーマ
沖縄について教えよう
−平和的なコミュニケーション−


実施日時2014年3月22日 午後1時30分〜5時30分
実施場所:F棟2階 F11教室
第15回ペグの内容 

研究会に日程
(1)アイスブレーキング:「部屋の四隅」
(2)沖縄における、また沖縄についての平和学習の説明      
(3)ワークショップ@ 「沖縄の戦争体験と基地に関するロールプレイ
  沖縄に関する意見の対立を体験的に理解する。
  ワークショップA「沖縄における優先順位は」
○懇談:近況の交流               
(4)小学1年生での平和学習
  高橋詩穂氏(京都教育大学附属桃山小学校)による実践紹介
       ○小学校の平和教育実践の紹介
(5)振り返り 


テーマ設定の理由

 ○テーマ設定の理由
アジア・太平洋戦争が終わって70年が経とうとしています。1971年に日米で沖縄返還協定調印(6月)し、沖縄が米軍の施政権下から本土復帰したのが1972年5月15日なので、それから40年以上が経過しました。沖縄の学校教師の全員が沖縄戦を体験せず、若い教師は米軍統治下を知りません。尖閣諸島をめぐる日中の対立の中で、沖縄は日本の安全保障の最前線に立たされています。また、米軍の普天間基地の移設問題に関して本土への不信感が生じています。他方で、沖縄戦を通じて平和について学ぶために多くの中高生が沖縄に修学旅行に行きます。
 今回は、沖縄について教えるために、沖縄県内や県外で実践されている平和教育を比較します。次にロールプレイを用いて、沖縄戦や米軍基地についての異なる意見を体験的に理解します。意見の相違がある問題について、どの様に相手の感情や考えを想像し、思考力・判断力・表現力を高めていくかについて考えます。また小学1年生での平和学習について実践を紹介していただきます。今回の研究会を通じて、平和的なコミュニケーションとは何かについても一緒に考えてみましょう。



 (1)アイス・ブレーキング: 部屋の四隅
◎ゴーヤチャンプルは好きである。
◎沖縄に住みたいと思う
◎沖縄には何回も行ったことがある。
◎沖縄の人は外見でだいたい見分けがつく。
◎沖縄の米軍基地は50年後もあると思う。
◎子ども達に沖縄について教えることはおもしろい。


(2)沖縄における、また沖縄についての平和学習の説明

説明に用いたパワーポイントの資料33枚(PDFに変換している)

○意識調査による知見
沖縄の中学生は「正義の戦争論」に反対する割合がさらに5ポイント高い。90%以上の小学生と中学生が沖縄戦の見聞あり。沖縄本島が本島以外(八重山群島など)よりも見聞が多い。見聞の方法は、テレビ・戦争体験者・先生の方が、祖父母や父母(親族)よりも割合が高い。特に本島以外では、テレビが最も多く、次に学校教師からの見聞が高い。 伝えられる体験内容の多くは悲惨な戦場被害体験であり、印象に残った内容で、最も多かったのが「集団自決」。降伏後のアメリカへ兵について中学生の評価が高い。沖縄戦は「人道上許せない」と正義感を示す小学生・中学生が多い。「悲惨だ、人ごととは思えない怒りを感じる」と共感性を示す小学生・中学生もやや多い。沖縄戦の体験を日本全国の人に伝える意義を、7割以上の小学生と中学生が認めている。小学生と中学生の多くが平和な社会の形成に貢献したいと答えている。沖縄の中学生は、日本の他都市やイギリスと比べて、平和貢献意識が強い。だが、平和の形成に努力した人・団体名を知っている中学生については、割合が低い。

○一般化に向けた沖縄の事例
(1)沖縄でも、テレビによる戦争体験の見聞が最も多い。そして戦争体験者や学校教師を通しての見聞が続く。2012年には「祖父母」からの見聞が、沖縄中学生2012年調査で50%。これからは50%を切ると予測される。
(2)1999年に沖縄県平和祈念資料館の展示問題が起こった時、マスメディアの報道と人びとの関心の高まりにより、日本兵による住民虐殺や、強制による集団自決の集合的記憶が県民の多くに定着する。それが文科省の検定意見に対する2007年の県民全体の異議申し立てに結晶化される。
(3)沖縄戦の戦争体験の集合的記憶は、沖縄の中学生に強い反戦平和意識を形成。全国の人々に沖縄戦を伝えるべきとの認識を持つに至っている。

○平和教育の課題 ・・・平和教育学の研究課題?
戦争への怒り(正義感)や戦争被害者への共感的理解が、小学生から中学生に上がる過程で低下傾向が見られる。グローバル化社会で小・中学生の平和貢献意欲をどのように活動に結びつけるか。尖閣諸島での衝突事件以降は中学生も反中国意識を持っており、平和友好意識にどう導くか。子どもの認知的発達や社会体験の広がりに応じて、系統的な平和学習が行えるよう、内容と方法を高度化した平和教育カリキュラムを適用する


(3)ワークショップ

@ワークショップ「沖縄の戦争体験と基地に関するロールプレイ」

沖縄の平和教育の歴史と子どもの平和意識

 ■ロールプレイング
○曾祖父母A@ 1925年生まれの戦争体験者(昭和元年生まれ)
 「戦争前は学校で捕虜になってはいけないと教えられた」


○逃げ惑う住民への米軍の艦砲射撃はすさまじく、多くの親戚や近所の人がなくなった。私は、艦砲射撃の食い残し(かんぽうのくえのこさー)である。
○学校で「日本の天皇のためなら命を捧げる」という考えを学びました。捕虜として生き恥をさらすより、死ぬ方が立派だということを学んだ。
○米軍の捕虜になればひどい目に合うから、捕虜になってはいけないと、自決用の手りゅう弾を兵隊さんからもらった。
○米軍の上陸後、日本軍の兵隊に手りゅう弾を渡され、集団自決した人が多くいた。
○逃げる時に、米軍の火炎放射器で自分のおじさんが殺されたと聞いた。
○新聞でかわいそうなおばあさんの話を読んだ。もう米軍が来るからと、自分の家族、自分の夫も含めて首をカミソリで切った殺した。自分も切ったけれども死にきれなくて生き残っている。
 
 ○曾祖父母BA 1925年生まれの戦争体験者(昭和元年生まれ)
 「米軍の兵隊は、捕虜になった後は親切だった。」


○戦争で親やきょうだいを亡くした。命こそ宝である(ぬちどうたから)。
○米軍に捕まると、女は強姦され、男は虐殺されると、米軍上陸前に考えていた。
○米兵は、降伏後は傷の手当てをしてくれ、食料を与えてくれた。子ども達にチョコレートやお菓子をくれた。
○戦後、アメリカのテレビ番組はおもしろく、金持ちだったし、住居も立派だったのですごいなとあこがれていた。
○昔と比べれば、家も道路も丈夫なものとなり、食料もお店に豊富にあり便利な世の中になった。
○戦争で街ががれきの山になった。こういう中から立ち上がってきた沖縄はすごいんだ、と言うことも教えて欲しい。
 ○祖父母A 1950年の戦後生まれ(昭和25年生まれ) 
 「戦争については親に言われなくても、戦争の跡が身近にあった」


○学校の宿題で母親に戦争について聞いたら「戦争は絶対にしたらいけない」と言って泣いた。
○母親が亡くなった葬式の日に、おじさんから私の母親には小さかったきょうだいが3名いたことを聞いた。
○子どもの頃、薬莢(やっきょう:弾の発射薬を詰めたもの)が転がっており、火薬を集めてマッチで火を付けて遊んでいた。
○南部糸満の周辺には、山に行くと骸骨、遺骨がいっぱいあった。兵隊さんの鉄砲やヘルメットもあって、それをおもちゃ替わりに遊んでいた。
○私の同級生のお母さんが、米軍車両にはねられて即死した。
○占領中は米軍の命令は絶対だった。1972年本土復帰まで米軍の権力は絶対だった。
○米軍の普天間基地を辺野古に移設するのに反対である。普天間基地は県外に移設すべきである。
 ○小学校教師A 1975年生まれ(昭和50年生まれ)小学校の教師
 「戦争について自分で考える子どもを育てたい」


○6月23日の「慰霊の日」(沖縄戦で組織的抵抗が終わった日)の前後に平和月間や平和旬間を設定し、行事や、社会や道徳を連携して、平和について子どもたちに教えている。
○朝の航空機のエンジン調整の時に、外で体育の授業をすると、どんなに怒鳴っても声が通らない。
○学芸会では、6年生が沖縄戦の劇を演じることが多く、下級生は劇により戦争の恐さを学ぶ。
○沖縄地上戦では、写真やビデオ、歌や劇などで、戦争がひどいものだったことを子どもたちに理解させる。
○米軍基地の県内移設やオスプレイ配備について、沖縄の多くの人は反対している。
 ○基地従業員B 1975年生まれ(昭和50年生まれ)米軍基地で働く従業員
 「米軍基地はこれからも存続すると思う」


○私の親は米軍基地のおかげで仕事があり、家族を養っていくことができた。私も米軍基地の仕事で家族の生活を支えている。
○子どもの頃から米軍基地があったので慣れてしまった。日米安保条約があるので、基地を無くそうというのは非現実的である。
○基地があるので、大地主は軍用地料で立派な家が建ち、役所には日本政府からの交付金がたくさん入る。
○全国学力テストで沖縄は最下位なので、学校では平和教育より教科の勉強した方が子どもの高校や大学への進学に役立つ。
○米軍基地は日本の領土の防衛のために役に立っている。
○昔、アメリカ人は給食用のミルクをくれたり、教会お菓子をくれたり、今でも友好的である。
 ○中学生A  2000年生まれ(平成12年生まれ)
 「体験者から、またテレビでもよく聞くので沖縄戦に関心がある」


○米軍がせまってきたときに、手りゅう弾を持たされての集団自決したのを聞いた時は、悲しいと思った。
○沖縄戦の体験を聞くと、本当に悲惨だし、人ごととは思えない怒りを感じる。
○戦争中に住民が避難したガマ(洞窟)に遠足で行き、中に入って戦時中の様子について話を聴いた時、当時の様子をリアルに想像した。
○米軍はあまり好きでないが、アメリカ人に対しては良い印象を持っている。
○尖閣諸島の領海に侵入する中国公船についてのニュースをよく見ると、基地が必要なのかなと思う。
○米軍基地が沖縄だけに集中している(国内の米軍基地の70%が沖縄にある)のは不平等だ。何10年も沖縄の負担が変わらないのは、沖縄に対する本土の差別ではないかと思う。
 ○中学生B  2000年生まれ(平成12年生まれ)
 「沖縄戦は随分と昔のことなので、そんなに関心は無い」


○沖縄戦があった頃に、私が生まれなくて良かった。
○沖縄戦についても聞いても、体験していないので実感にならない(ぴんと来ない)。
○子どもの頃から、軍用機とヘリコプターの爆音を聞いてきたので、こんなもんかと慣れている。
○戦後70年も基地があったので、沖縄から米軍基地がなくなるとは思わない。
○英語で知り合った外国の人と仲良くしたい。将来外国に留学したり、海外で働きたい。
○沖縄の民謡は好きで、沖縄料理も好きで、青く澄んだ海は大切にしたい。
○世界の国が仲良くするのは大切で、日本が戦争をするのは反対である。

Aワークショップ:「沖縄における優先順位を二人で考えてみよう」
    ペアワークで行う

 ■ランキング 「沖縄における優先順位」
A 普天間基地や嘉手納基地など基地負担の沖縄の痛みを、本土の人にしっかり伝える。
B 基地をなくす方法について、あきらめず子どもたちに考えるように促す。
C 沖縄は武力ではなく、外国との交流により相互理解を大切にする風土があり、それをこれからも大切にすることを子どもに教える。
D 尖閣の問題は、尖閣を抱えている沖縄だけの問題ではないことを本土に伝える。
E 過去の戦争を学ぶことで、現在の戦争を考える基礎を養う。
F 沖縄戦の「慰霊の日」(6月23日)の前後にある平和月間を利用して沖縄戦の体験を伝えていく。
G 反中や反米など敵は誰かという1つの考えに囚われるのではなく、将来にわたって仲良くする国を作っていく態度を子どもに育成する。
H 沖縄は全国で最下位の学力テストの点数、高卒者の無業者率ダントツ1位。学力向上の対策を取り、学力を高めることが進路を保障し、未来の平和の担い手を作る。
I 沖縄県は、学校教員の病気による休職率がダント

(3)小学一年生での平和教育

高橋詩穂氏(京都教育大学附属桃山小学校)による実践紹介
       ○小学校の平和教育実践の紹介


  



第15回ペグ参加者の感想

 高橋実践は小学校低学年の平和教育としてすぐれた質を保っていると考える。
1.絵本を用いている点 2.動物の死を扱った点 3.教科と教科外をつなげられた点
 小学校低学年・幼児に直接的平和教育が可能か?との問に対しては、「発達段階を踏まえた方法を工夫する事で可能」と答えたいが、上記の3点はその好例と言えるだろう。 
 今回の平和教育の研究回は、沖縄を教えようというテーマだったが、現在の学生達は、このような授業をどう受け取られるのか、自分から直接教えてみたいと思いました。今の若者達、特に大学生達の意識が、例えば戦争や歴史、政治に対して、だんだん薄くなっている状況を見ると、教育の中に平和をいかに教えるべきなのか?より具体的なやり方を考えなければならないと感じています。
 沖縄のヒントを多くいただきました。ロールプレイは、ステレオ・タイプではなくA,Bと領域が分けられており、カテゴライズされてはいましたが、難しかったです。もう少し単純なロールプレイでないと、機能しないかもしれません。(演じる項目内容、人数を減らす)。
 小1の高橋先生の絵本、歌、言語表現の実践はとても素晴らしいものでした。(他者を認め、その立場になってみる)という高度で、でも人間の基礎が明確に語られているようです。小1には、ビデオ、写真、語り部より、より有効な教育方法だと思います。
 2014年度は,沖縄他で、生徒のグループワークの課題研究で掘り下げ、6/21(土)国際生徒フォーラムで発表できる研究を校2政経で考えています。
 「他者への共感」ができにくい子どもたちが多い中で、他の人、他の民族の人、他の国のことを思いやることはとても難しいことだと思います。だからこそ、教育の現場で考える場、知る場をつくっていく必要があると思います。小さい実践ですが心のどこかに残ってほしいと願っています。また、いろいろな方々からご意見を頂けて勉強になりました。ありがとうございました。
 ロールプレイについては、人物の設定がわかりにくく、その人の気持ちになりきれなかったため、あまり「意見」を持つことができずに終わってしまいました。「 曾祖父母B」については、どの様に親きょうだいが亡くなったのかにより、気持ちが変わってくると思いますし、「中学生A,B」も両親や祖父母がどの様な戦争体験をしているか、家庭でどのような話があるのかにより、考え方も変わってくるかと思いました。(役作りをするためには、家族や親族の情報も不可欠かと思います。)
 直接的な平和教育と間接的な平和教育については、どちらが欠けてもいけないものだと思います。小学校低学年からでも、直接的平和教育は必要ですし、直接的平和教育だけでは身につかないものは多いと思います。
 平和教育(人文科学系)の教材で、「動物」が登場するものがあり、本日の実践においてもそうであったが、ときに非常に心を打つものがある。(教える側は別の理由かもしれない、生々しい人間の扱いをさけるなどの)それはなぜだろうか、考えさせられました。「ハチドリのひとしずく」他。
 人の生死を伝える平和教育より、時に「動物」の登場する話の方がなぜすぐれた教材となりうることがあるか、さらに考えてみたいと思います。
校種の異なる方や、他の分野の方と「平和教育」に関して話し合う機会は、大変興味深く勉強になります。
「平和を構築」していくこと最終的に大切な事だが、アプローチの方法は常により良いものを提示する必要があり、こういう場がとても有意義だと思います。
ロールプレイは、テーマを絞った方が良かったと思います。「基地問題」「平和教育の在り方」「戦争体験の風化」
 前回参加した時よりも、他の先生方が離されていることを理解することができました。卒論で少し知識を得たからだと思います。それでも、ロールプレイは曾祖父役と中学生B役だったのですが、実が中学生役の方が演じやすかったですし、高校での平和教育は難しいな・・・と改めて感じてしまいました。もっと勉強しなければならないと思いました。
 ロールプレイングは難しかったです。話がうまくかみ合わなくなったり、反論の言葉が見つからなかったりで、結論が出せない感じでした。沖縄県の中も実際にこれと似たことが起こっているのだろうし、会えて和田にはしない空気もあるのかもなあ〜と思いました。いろいろな矛盾を抱えていることがわかったので、この難しさには意味があると思います。
 それから、小が高1年生への実践について、人文科学的(倫理的)アプローチだという評価がありなるほどと思いました。発達段階によって、必ずしも同時で亡くても良いけれども、人文科学的(心情的)理解と、科学的(理論的)理解をバランスよく積んでいくことが大切だなあと思いました。
ロールプレイングは難しかったです。話がうまくかみ合わなくなったり、反論の言葉が見つからなかったりで、結論が出せない感じでした。沖縄県の中も実際にこれと似たことが起こっているのだろうし、会えて和田にはしない空気もあるのかもなあ〜と思いました。いろいろな矛盾を抱えていることがわかったので、この難しさには意味があると思います。
 それから、小が高1年生への実践について、人文科学的(倫理的)アプローチだという評価がありなるほどと思いました。発達段階によって、必ずしも同時で亡くても良いけれども、人文科学的(心情的)理解と、科学的(理論的)理解をバランスよく積んでいくことが大切だなあと思いました。
 ロールプレイングは難しかったです。話がうまくかみ合わなくなったり、反論の言葉が見つからなかったりで、結論が出せない感じでした。沖縄県の中も実際にこれと似たことが起こっているのだろうし、会えて和田にはしない空気もあるのかもなあ〜と思いました。いろいろな矛盾を抱えていることがわかったので、この難しさには意味があると思います。
 それから、小が高1年生への実践について、人文科学的(倫理的)アプローチだという評価がありなるほどと思いました。発達段階によって、必ずしも同時で亡くても良いけれども、人文科学的(心情的)理解と、科学的(理論的)理解をバランスよく積んでいくことが大切だなあと思いました。
 小学1年生の実践報告が楽しみでした。すぐれた実践ですが、ちょっとできすぎの感もあります。とはいうものの大事な要素はちゃんと入っているので、(絵本・動物・ファンタジーと日常のつながり)「小学低学年でも平和教育はできる」という例になると思います。
 沖縄の平和教育について、という大枠はありながらも、平和について考える平和教育について考える、から、沖縄の政治について考えるにシフトしたりすることもあって、思考を自分の中でまとめることが難しかった。現地に赴いたり、本を読むことで、具体的なイメージを持つことが今の自分に足りなさすぎるとわかった。平和について知ることが社会について知ることだと言えるかもしれない。

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